「血管性認知症」は、脳梗塞や脳出血など、脳の血管の病気(脳卒中)が原因で起こる認知症です。脳の血流が悪くなり、神経細胞がダメージを受けることで発症・進行します。
特徴として、記憶がはっきりしている部分とそうでない部分の差が激しい「まだら認知症」になりやすいことや、「ささいな事で急に泣いたり怒ったりする」「手足の動かしにくさや、むせやすさがある」といった、感情のコントロールの難しさやお体の不自由さが同時に現れやすいことが挙げられます。
この病気で最も大切な治療は、「次の脳梗塞や脳出血を起こさせないこと(再発予防)」です。当院では、全身の健康管理や再発予防の治療を行いながら、精神的な不安定さを和らげるお薬の調整や、生活の力を維持するための総合的なサポートを行います。
血管性認知症(VCID)とは
血管性認知症(Vascular Cognitive Impairment and Dementia: VCID)は、全認知症症例の15%から20%において主原因を占め、全死因認知症の最大75%に関与しています。VCIDは広義の概念であり、日常生活に支障をきたさない軽度認知障害(MCI)の段階である「VaCIND(認知症ではない血管性認知機能障害)」から、顕著な認知機能低下と日常生活動作(ADL)の低下を伴う重度の「VaD(血管性認知症)」までの連続的な病態を包含します。 その主たる病態は、頭部MRIなどで確認される慢性虚血性変化である大脳白質病変(無症候性脳小血管病:cSVD)の広範な進展や、記憶・注意・実行機能に関わる重要な脳部位(基底核、視床、前頭葉など)に生じる脳梗塞や脳出血などの脳血管障害です。これにより、広範な皮質・皮質下ネットワークが障害され、注意障害や処理速度の低下、遂行(実行)機能障害といった「前頭葉機能低下」が典型的な症候として現れます。また、高齢になるほど純粋な血管性認知症は減少し、アルツハイマー型認知症の病理(アミロイドβやタウの蓄積)が時系列で重畳した「混合型認知症」の割合が高くなることも大きな特徴です。
精神症状(BPSD)の際立った特徴と神経基盤
血管性認知症における行動・心理症状(BPSD)は、VaDの約93%、VaCINDの約74%という非常に高い確率で出現し、患者さんだけでなく介護者の負担(QOL)を大きく損なう要因となります。最新のシステマティックレビューおよび臨床知見において、その精神症状プロファイルの特徴が明確にされています。
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アパシー(無関心・意欲低下)と抑うつの高頻度な併存
血管性認知症において最も高頻度に認められる精神症状は、アパシー(約49%)と抑うつ(約53%)です。これらは脳小血管病による血管性負荷の重症度と密接に関連しており、前頭葉皮質と基底核、視床、および辺縁系を結ぶ神経回路が虚血によって離断することで生じる、明確な神経学的基盤に基づいた症状です。 -
感情失禁・イライラ・興奮
感情のコントロールが効かずに泣き笑いしやすくなる感情失禁のほか、イライラ(易刺激性:約38%)や興奮・不穏(アジテーション:約33%)が目立ちます。特に皮質・皮質下を巻き込む広範な大血管障害(CSVaD)では、VaCINDの段階と比較して興奮(アジテーション)の有病率が有意に高くなり、これは皮質機能(モラルや衝動の抑制回路)の破綻が病態に関与していることを強く示唆しています。 -
AD(アルツハイマー型)との精神症状の違い
血管性認知症ではアパシーや抑うつといった「気分・感情の障害」が前景に立ちやすいのに対し、アルツハイマー型認知症では妄想、異常行動、夜間行動異常・睡眠障害などの心理行動症状(BPSD)がより有意に高頻度に出現する傾向があり、両者の鑑別の指標となります。
最新のエビデンスに基づく治療・予防戦略
血管性認知症に対する薬物療法および予防アプローチは以下のように整理されています。
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非薬物療法の徹底(精神症状治療の第一選択)
興奮(アジテーション)や精神病症状に対しては、まず本人中心のアプローチ(家族・スタッフの教育や環境調整)や感覚的介入(音楽、運動、回想療法など)といった非薬物療法をファーストライン(第一選択)とします。 -
認知機能障害へのアプローチ
血管性認知症そのものに対する特異的な適応薬はありませんが、VaDに対しては、アルツハイマー型認知症治療薬であるドネペジル(10mg/日)、ガランタミン(16-24mg/日)、メマンチン(20mg/日)が、認知機能をわずかに改善させることが臨床試験で証明されており、特にアルツハイマー病理が併存している例において、そのベネフィットが期待できます。
※本邦では適応外使用に当たります。 -
抑うつ・不安へのアプローチ
抗うつ薬(SSRIなど)は、アルツハイマー型や血管性認知症に単独で合併した抑うつ・不安に対しては効果が乏しいというエビデンスが示されています。ただし、脳卒中後うつ病(post-stroke depression)の文脈においては明確な有効性が認められており、エスシタロプラムやシタロプラム、ミルタザピンなどの導入が検討されます。 -
易怒性・興奮へのアプローチ
行動障害や興奮が激しく、やむを得ず薬物療法を行う場合、第二世代(非定型)抗精神病薬であるリスペリドンやクエチアピンが症状の軽減に寄与するとされています。ただし、血管性認知症単独での大規模な臨床試験データは乏しく、抗精神病薬の投与は過度の眠気、錐体外路症状、転倒、そして脳卒中や肺炎、死亡リスクを36%上昇させるなどの重大な副作用を伴うため、利益と害のバランスを極めて慎重に見極めるセカンドライン(第二選択)としての位置づけを徹底する必要があります。 -
包括的な心血管リスク因子の管理
血管性認知症は「血管病変の顕在化」であるため、血圧や糖尿病などの厳格な管理が認知機能の維持・予防における最重要課題です。-
徹底した血圧管理
収縮期血圧(SBP)を120mmHg未満に抑える集中的な降圧治療(SPRINT-MIND試験など)が、軽度認知障害(MCI)への移行や白質病変の拡大を20%抑制することが証明されています。確立されたVaD患者においても、転倒リスクに配慮しつつ130/80mmHg未満を目標とした慎重な管理が推奨されます。 -
血糖・脂質管理
糖尿病治療の最適化は認知機能保持に不可欠ですが、過度な低血糖は脳萎縮や認知症リスクを逆に悪化させる(U字型カーブ)ため、厳格な低血糖回避を伴う個別管理が必要です。また、心房細動に対する適切な抗凝固療法や、禁煙、地中海食・DASH食、運動などのマルチモーダルなライフスタイル介入が、脳を守るための強力な防壁となります。
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参考文献:
Tiel C, et al. Dement Neuropsychol, 2015
O’Brien JT, et al. Lancet, 2015
Goodall LS, et al. J Am Coll Cardiol, 2026

この記事の執筆者
岩田 邦幸 (笠寺精治寮病院 副院長 / 医学博士)
精神保健指定医、日本専門医機構精神科専門医、日本神経学会専門医・指導医、日本認知症学会専門医・指導医、日本老年精神医学会専門医・指導医、日本内科学会総合内科専門医、臨床神経心理士、日本医師会認定産業医。脳神経内科と精神科の二刀流Drとして両科の知識と経験を活かし、「脳とこころの専門外来」にて最新のエビデンスに基づいた神経精神分野(neuropsychiatry)の診療、パーキンソン病治療、認知症治療・BPSD治療などを提供している。