「睡眠障害」とは、単に「夜眠れない」ということだけでなく、「昼間に強い眠気に襲われる」「寝ている間に大声を出す・暴れる」「足がムズムズして眠れない」「激しいいびきで何度も目が覚める」など、睡眠に関するあらゆるトラブルの総称です。
睡眠の乱れは、日中のイライラや体調不良を招くだけでなく、うつ病や認知症、生活習慣病といった「こころとお体の病気」が隠れているサインであることも少なくありません。
当院では、睡眠薬をただ処方するのではなく、まずは睡眠トラブルの「根本的な原因」を探します。生活習慣へのアドバイスや、癖になりにくい(依存性の少ない)新しいタイプのお薬などを上手に組み合わせ、患者さんが毎日を快適に過ごせるようお一人おひとりに合わせた治療を提案します。
精神科・神経科における睡眠障害の包括的アプローチ
睡眠は、脳の疲労回復や老廃物の排出(Glymphatic system)を担う、心身の健康維持における基盤的なシステムです。睡眠・覚醒は、視床下部や脳幹を中心とする複雑な神経回路(Flip-flop回路)によって緻密に制御されています(Ohno K, et al., Front Neuroendocrinol, 2008 / Sakurai T, Nat Rev Neurosci, 2007)。
当院では、精神科・神経科の通常診療(一般外来)の枠組みにおいて、国際的な診断基準(ICSD-3やDSM-5-TR)に基づいた睡眠障害の評価と治療を提供しています。
睡眠障害の分類と日中の眠気(EDS)の鑑別
睡眠障害は、ICSD-3やDSM-5-TR等において大きく「不眠症/不眠障害」「中枢性過眠症群/過眠障害」「概日リズム睡眠・覚醒障害群」「睡眠関連呼吸障害群/呼吸関連睡眠障害群」「睡眠時随伴症群・睡眠関連運動障害群」などに分類されます。
不眠障害へのアプローチ:ベースにある精神疾患の鑑別と夜間多尿
1. 背景にある精神疾患の徹底的な鑑別
不眠の治療において、単に「眠れない」という症状に対して睡眠薬を処方するだけでは根本的な解決にはなりません。不眠は、うつ病(患者の85%に不眠あり)、統合失調症(急性期にはほぼ必発)、双極性障害(躁病相・うつ病相の双方)などの精神疾患における初発症状・必発症状であり、病状悪化のシグナルや再発の契機となることが多いため、まずはベースとなる精神疾患の有無を厳密に鑑別することが最優先されます(内山真 ほか, 精神経誌, 2010)。
2. 慢性不眠障害の評価と「客観・主観の乖離」
週に3回以上、かつ3か月以上にわたって不眠症状と日中の機能障害が続くものは「慢性不眠障害」と定義されます。
臨床において、終夜睡眠ポリソムノグラフィ(PSG)検査で測定される客観的な指標(睡眠効率、総睡眠時間、入眠後覚醒時間など)は、患者さんが主観的に感じる「ぐっすり眠れた(主観的休養観)」という感覚の約20%程度しか説明できないことが分かっています(Kaplan KA, et al, Biol Psychol, 2017, Svetnik V, et al, Sleep Med, 2020)。この「客観(データの正常さ)と主観(眠れなかったという苦痛)の乖離」には心理的・生理的な複数の要因が関与しており、丁寧な精神医学的アプローチが必要となります。
3. ベンゾジアゼピン系薬・Z-drugを避けるべき薬理学的理由
当院では、ベンゾジアゼピン系睡眠薬やZ-drug(非ベンゾジアゼピン系薬)を安易に処方しないようにしています。これらのGABAA受容体作動薬の慢性的な使用は、脳波上、脳の疲労回復に必要な深い睡眠(Stage 3, 4の徐波睡眠)およびレム睡眠を著しく減少させることが証明されています(Kales A, et al., NEJM, 1974)。また、常用量依存を形成しやすく、急な中止による反跳性不眠の悪化を招くおそれがあります。そのため、覚醒システムそのものを自然にオフにするオレキシン受容体拮抗薬(スボレキサント、レンボレキサント、ダリドレキサント、ボルノレキサント)やメラトニン受容体作動薬(ラメルテオン)を中心に据えた薬物療法を心がけています。
4. 高齢者における「夜間多尿による断眠」という視点
高齢者の不眠症鑑別において、夜間多尿(夜間に排尿回数が過剰になる病態)による中途覚醒・断眠にも注意が必要です。
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就寝前の水分の過剰摂取
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高血圧、心不全、慢性腎臓病などの内科的身体疾患(日中の活動性低下に伴う下腿浮腫が、夜間臥位になることで水分が血管内に戻り、多尿を引き起こす)
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睡眠時無呼吸(OSAS)の陰圧による利尿ペプチドの分泌促進
これらが原因で夜間に何度も目が覚めている場合、一般的な精神科の睡眠薬調整だけでは不眠は改善せず、むしろ転倒リスクを高めてしまいます。内科的な身体背景や生活習慣、自律神経障害の側面にも幅広く目配りをし、包括的な不眠障害の解決を図ります。
過眠の適切な鑑別診断
日中の強い眠気(EDS:Excessive Daytime Sleepiness)の背景には多様な原因が存在し、適切な鑑別診断が求められます。
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夜間の睡眠不足・不眠障害に伴う二次的な眠気
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中枢性過眠症候群(ナルコレプシーなど)による過眠
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服用中の薬剤(抗精神病薬や抗うつ薬など)の副作用による鎮静・傾眠
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閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)などによる睡眠の断眠・質的低下
問診や詳細な症状の経過観察、睡眠日記の記録などを通じて、これらの原因の鑑別を進めます。
中枢性過眠症候群の鑑別は、詳細な臨床症状の確認だけでなく、専門検査(PSGおよびMSLT:反復睡眠潜時検査)によって正確に分類・診断される必要があります。
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ナルコレプシー・タイプ1(I型)
感情が高ぶった際(笑う、驚くなど)に全身や体の一部の力が急激に抜けるカタプレキシー(情動脱力発作)を必須とし、睡眠麻痺(金縛り)や入眠時幻覚などのレム睡眠関連症状を伴います。視床下部の覚醒維持ホルモンである「オレキシンニューロンの破壊・脱落」が本態であり、遺伝学的素因(HLA DQB1*06:02陽性)との強い関連が解明されています(Juji T, et al, Ann N Y Acad Sci 1988, Mignot E, et al, Am J Hum Genet, 2001)。 -
ナルコレプシー・タイプ2(II型)
カタプレキシー(情動脱力発作)は認められないものの、日中の強烈な眠気と、レム睡眠関連症状を伴う病型です。 -
特発性過眠症
カタプレキシーは伴わず、日中の眠気に加えて「夜間から日中にかけての睡眠時間の著しい延長(11時間以上)」や、起床時に激しい朦朧状態や強い眠気が長引く「睡眠慣性(あさの寝ぼけの重症化)」を特徴とします。
【重要】MSLT検査の注意点と誤診のリスク
ナルコレプシーII型や特発性過眠症の確定診断には、日中に2時間おきに5回、20分間の入眠を試みる「MSLT(反復睡眠潜時検査)」にて、平均睡眠潜時の短縮やSOREMP(睡眠開始時レム睡眠)の回数を確認することが必須要件となっています。
しかし、MSLT検査は偽陰性や偽陽性が非常に生じやすい(SOREMPが1回か2回かの違いで診断が変わる)というきわめて繊細な検査です。
覚醒維持検査運用マニュアルに従い、検査の少なくとも2週間前から正確な睡眠日記を記録し、理想的な睡眠時間(7時間以上)を確実に確保した「十分かつ適切な準備期間」をもって挑まなければ、日常の潜在的な睡眠不足が検査データに干渉し、高確率で誤診を招いてしまいます。
※当院の施設内では現在PSGやMSLTの検査は実施していないので、連携の医療機関での検査実施になります。なお、法人内の精治寮病院には睡眠学会専門医が在籍しており、今後モディオダール(一般名:モダフィニル)等の専門的な過眠症治療薬の適正処方医師(登録医)を計画的に増やしていく方針です。
精神疾患・薬剤が睡眠構築に与える影響(PSGの視点から)
精神疾患は脳内の神経伝達物質のアンバランスを伴うため、睡眠ポリソムノグラフィ(PSG)検査においてそれぞれ特徴的な「睡眠構築の変化」を示します(Riemann D, et al, Biol Psychol, 2001)。また、治療薬の導入によってもこれらはダイナミックに変容します(Yamashita H, et al, Psychiatry Res, 2002 / Adrien J. Sleep Med Rev, 2002 / Krystal AD, et al, Int Clin Psychopharmacol 2008 / Monti JM, et al, Sleep Med Rev, 2017)。
1. 精神疾患ごとの睡眠構築の特徴
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統合失調症
睡眠潜時の延長、総睡眠時間の減少、徐波睡眠の著しい減少が見られます(Chan MS, et al, Sleep Med Rev, 2017)。特に、徐波睡眠の減少は病期(急性期・寛解期)を問わず認められる疾患特異的な特徴です(Sarkar S, et al, Schizophr Res, 2010)。また、視床のフィルタリング機能(視床網様核)を反映する睡眠紡錘波の減少が認められることも特徴です(Ferrarelli F, et al, Am J Psychiatry, 2007)。 -
双極性障害
躁病相における睡眠欲求の低下に伴う総睡眠時間の短縮だけでなく、うつ病相においては約40%の頻度で過眠(量的に過剰な睡眠)を呈することが単極性うつ病との大きな違いです(Mitchell PB, et al, J Clin Psychiatry, 2001)。PSG上は、徐波睡眠の減少やレム潜時の短縮、レム密度の上昇がみられます(Zangani C, et al, Neurosci Biobehav Rev, 2020)。急速交代型(ラピッドサイクラー)では睡眠時間の変動が病期のサインとして先行します(内山真 ほか, 精神経誌, 2010)。 - うつ病
入眠までの時間(睡眠潜時)の延長、中途覚醒の増加、深い睡眠(徐波睡眠)の減少に加え、「レム潜時の短縮、レム密度の上昇などが認められます(Riemann D, et al., Biol Psychol, 2001)。これはレム睡眠を支配する概日リズムの前進や、恒常性維持機構の減弱を反映していると考えられています(内山真 ほか, 精神経誌, 2010)。
2. MARTA等の薬剤による睡眠構築の最適化
ベンゾジアゼピン系薬は、レム睡眠と深睡眠を減少させるリスクがあります(Kales A, et al., NEJM, 1974)。一方で、特定の多受容体作用型抗精神病薬(MARTA)などは睡眠構築を改善させる可能性があります(Monti JM, et al., Sleep Med Rev, 2017)。
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オランザピン・クエチアピンの作用 これらの薬剤が持つ強い「5-HT2A受容体遮断作用」は、GABA介在神経を介して黒質からのドパミン放出を促すなどして、不眠の改善(入眠潜時の短縮、中途覚醒の減少など)をもたらすだけでなく、「深い徐波睡眠(Stage 3, 4)を増加・回復させる」という特性を持っています(Yamashita H, et al, Psychiatry Res, 2002 / Monti JM, et al, Sleep Med Rev, 2017)。精神科ではこれらの薬理特性(抗H1作用、抗α1作用による鎮静を含む)を熟知し、単なる催眠ではなく、睡眠構築を守るための選択を行っています。
睡眠位相後退症候群(DSPS)に対するアプローチ
概日リズム睡眠・覚醒障害群のひとつである「睡眠位相後退症候群(睡眠相後退症候群:DSPS)」は、睡眠・覚醒の時間帯が社会的に望ましい時間から著しく後ろにずれて固定され、深夜まで眠れず、朝の起床が極めて困難となる病態です。
近年、この睡眠位相後退症候群の起床困難やリズムのズレに対し、ドパミンD3受容体への部分刺激(賦活作用)特性などを併せ持つ選択的ドパミン部分作動薬「アリピプラゾール(エビリファイ®など)」の少量投与(0.5〜1mg/日)が有効な可能性が指摘されています(Omori et al., Neuropsychiatr Dis Treat, 2018)。朝から昼の時間帯に超低用量のアリピプラゾールを内服することで、翌朝の覚醒システムを適切にコントロールし、朝の目覚めを劇的にスムーズにする効果が期待できます。
※なお、本治療は本邦においては現時点で「適応外使用」に該当するため、当院ではガイドラインや十分な安全性を考慮した上で慎重に検討を行います。
また、本病態は朝の血圧調節がうまくいかない起立性調節障害と近い神経生理学的背景(自律神経系の機能不全など)を有している可能性が指摘されています。
睡眠時随伴症候群と脳の変性疾患(レストレスレッグス・iRBD)
睡眠中に何らかの言動が起きる「睡眠時随伴症候群」のなかには、背景に神経病理的な変化を有しているものがあります。よく診察すると、将来の神経変性疾患の予兆となる軽微な症候が見つかるケースがあります。
- レストレスレッグス症候群(RLS:むずむず脚症候群)
夕方から夜間の入眠前にかけて、下肢(ふくらはぎなど)に「虫が這うような」「じっとしていられない」不快な異常感覚が現れ、激しい入眠障害を引き起こします。
RLSの診断・治療においては、背景にある「鉄欠乏性貧血(貯蔵鉄であるフェリチンの低下)」の有無を血液検査で確認することがファーストステップとなります。鉄欠乏の補正を行うとともに、ガイドラインに沿ってドパミン受容体を刺激する「ドパミンアゴニスト」や、過剰な神経の興奮を抑えるカルシウムチャネルα2δリガンド製剤である「レグナイト®(一般名:ガバペンチン エナカルビル)」などの特異的治療薬を適切かつ精密に選択し、速やかな症状の寛解を目指します。 - レム睡眠行動障害(RBD)とレム期筋緊張消失の欠如(RWA)
睡眠中に大声で叫ぶ、悲鳴を上げて飛び起きる、夢の内容(何かに襲われる、戦うなど)に一致して隣の人を殴る・蹴る、ベッドから転落するといった激しい異常行動を来す病態です。
通常、レム睡眠中は脳幹の働きによって全身の筋肉の緊張が完全に消失しますが、PSG検査においてこの抑制が利かずに筋肉が動いてしまう状態を「RWA(REM sleep without atonia:筋緊張消失を伴わないレム睡眠)」と呼びます。
このRBDやRWAは、単なる睡眠の不調ではありません。これらは、脳内に異常タンパク質(αシヌクレイン)が蓄積していくレビー小体病(LBD:パーキンソン病やレビー小体型認知症、多系統萎縮症など)の前駆期症候(Prodromal stage)であることが実証されています(Postuma RB, et al, Brain, 2019)。 特発性レム睡眠行動異常症(iRBD)と診断された方の多くが、数年から十数年の経過を経て、パーキンソン病(PD)やレビー小体型認知症(DLB)へと移行していきます。
当院では、RBDを訴える患者さんに対し、ただ症状を抑える薬剤(リボトリール®や漢方薬の抑肝散など)を処方するだけにとどめないようにしています。背景にあるごく軽微なパーキンソニズム(手のわずかな震えや動きの遅さ、関節のこわばり)や、初期の自律神経障害(頑固な便秘、立ちくらみ、起立性・食事性低血圧、頻尿・夜間多尿)などの随伴徴候が隠されていないかを、継続的かつ慎重に診察・観察し、将来的な変性疾患の発生を見据えた包括的な長期対応を行っています。
当院の診療体制と専門医療機関との連携
当院では、患者様に最も安全で正確な医療を提供するため、必要に応じて高度な検査が可能な専門医療機関と連携しています。
- 通常の診療枠(精神科・神経科)でご相談いただけます
当院の睡眠障害に関する診療は、特別な「完全予約制の専門外来」といった敷居の高い枠組みではなく、精神科・神経科の通常の一般外来診療の枠組みの中でご提供しております。 初診外来や担当医のどの診察枠であっても、脳神経内科および精神科双方の専門知見をベースとした標準的な睡眠医療をシームレスに受けていただくことが可能です。 - 検査は専門機関へ紹介
睡眠障害の確定診断に不可欠となる高度なPSGやMSLTなどの専門検査については、当院内では行えないため、連携する大学病院などの臨床睡眠医学専門の高度医療機関へ速やかに紹介を行い、確実な検査実施を依頼します。 検査完了後は、その詳細な解析結果(睡眠構築のデータ等)を当院の医師が引き継ぎ、その後の外来におけるお薬の微調整や長期的な治療対応を、提供しています。
「ただの寝不足」「年をとったせい」と自己判断で片付けたり、市販の睡眠薬やベンゾジアゼピン系薬剤の漫然とした服用で脳の疲労回復力を低下させたりしてしまう前に、精神科へ相談してください。

この記事の執筆者
岩田 邦幸 (笠寺精治寮病院 副院長 / 医学博士)
精神保健指定医、日本専門医機構精神科専門医、日本神経学会専門医・指導医、日本認知症学会専門医・指導医、日本老年精神医学会専門医・指導医、日本内科学会総合内科専門医、臨床神経心理士、日本医師会認定産業医。脳神経内科と精神科の二刀流Drとして両科の知識と経験を活かし、「脳とこころの専門外来」にて最新のエビデンスに基づいた神経精神分野(neuropsychiatry)の診療、パーキンソン病治療、認知症治療・BPSD治療などを提供している。